近年、経済成長が著しいアセアン諸国の中で、我が国に最も近い距離に位置しているのがフィリピン共和国です。フィリピン国は、7,000以上の島を持つ我が国と同じ島嶼国家であり、亜熱帯と熱帯に跨った国土の気候は雨季と乾季に分かれています。国土面積は我が国の凡そ7割程度でありますが可耕面積は我が国より広く、米作を中心として玉蜀黍などの穀物栽培が盛んに行われています。輸出対象の換金植物としてはココ椰子が中心であり、ココオイルを採るためにそれらを全国的に大量栽培する、基本的な経済構造を農業を中心とした第一次産業の国なのです。
しかしながら、その農業技術は極めて低く、その非効率や国の土地政策と相まって自国の食料自給率は低く留まっていて、我が国からの優れた農業技術や知識導入への要望には大変高いものがあり、この部門に於ける我が国の多面的な貢献が待たれています。
近年、我が国を始めとした外国資本の導入が盛んになり、エコゾーンと言う経済特区を柱として、企業の進出が激しさを増しています。此処5年と言う短い期間に於いてだけでも日本商工会議所フィリピンに所属する進出企業数はほぼ50%増しており、その比率はフィリピン総進出企業数に対して60%以上にも達し、フィリピン経済の構造改革や雇用そして経済指数の向上に貢献していて、21世紀中盤に向けて我が国とフィリピンとの経済的紐帯はますます強くなりつつあります。
国民の平均年齢は26歳(因みにわが国は47歳)。見事なピラミッド構造の年齢構図なのですが、年間200万人にも達する新卒の労働者に対して、この国の政治は仕事を与えることは出来ていません。従いまして、歴史的な要因と相まって、自動的に外国にて就労すると言う社会慣習が定着し結果、いまでもプライベートセクターからでは世界一の人材派遣国となっているのです。
この様なフィリピン国から労働者を雇用するに際して、特に現地の労働雇用環境を中心としてフィリピンと言う国を理解する為、以下に概括的に説明をしたいと思います。この拙い説明が、貴社の人事のみならず事業戦略構築の一助にでもなれば幸いです。

第一.社会経済構造

フィリピンの社会経済構造は、解りやすく言えば中世と近世と現代が混在していると思えば良いでしょう。その独特の構造は、歴史的要因が強く作用しているのですが、多くの場合社会発展の阻害要因化しています。富める者は極端に富んでおり大きな変化を望みませんし、逆に大多数の貧しい者は極端に貧しい環境の中で喘いでいるという大変な格差社会を生み出しています。その格差は所得格差に留まらず教育等の機会格差をも生じており、其の上に中世型のギルド構造によって、庶民の地位向上の機会は未来に渡って更に奪われています。それらの結果として、身分の固定化と言う現象を引き起こし、後述する単純犯罪の増加と言う現象をも副作用的に引き起こしています。
それら富む者の代表は、二種類に分かれます。その一つは、アヤラに代表されるような旧スペイン系の財閥グループです。マゼランが1521年4月7日にセブのマクタン島に上陸して以来、続いてサマール島に上陸したビラボラスによって皇太子の名前に因んでラス・フェィリペナスと、後にフィリピンと言う国名の元になる呼称が付けられた歴史に象徴される如くフィリピンはスペインの植民地として、長い間その支配に甘んじて来ました。18世紀末に起きた米西戦争以後は其の支配権はアメリカに移りましたものの、スペイン統治時代よりもその支配は更に狡猾・過酷な統治が行われるようになりました。その間、マロロス政権による対米宣戦布告や、民間ではリサールやボニファシオによる民族独立運動・モロ民族解放運動などの独立運動が盛んに行われた時期もあったのですが、それらは悉く支配者の弾圧に破れ、現在に続く独立運動はミンダナオ島と其の周辺諸島を中心とした一部モスリムの独立運動によるもののみと言って良いでしょう。スペインの統治時代からの財閥による大土地所有制は、アメリカの統治戦略と合致して抜本的には改革される事なく現在に至ります。従って、スペイン人やそのメスティソ達による農業を主とした第一次産業支配は現在に至るまで長い期間続いておりますが、現代に於いてスペイン系財閥はそれら大規模な土地の所有を活用した不動産事業やインフラ事業関係や鉱山事業などに於いて、その絶対的経済地位を確保しています。第二のグループはルシオ・タンに代表される華僑のグループです。時にスペイン系財閥と連携しての土地・都市開発や、製造業、流通業、金融業などの近世から現代に掛けての新しい産業部門に於いて強い支配力を持っています。皆さんが、時々利用されるフィリピン航空はアジアで一番古い航空会社なのですが、これも近年華僑によって買収され、今では彼等グループの経営になる巨大コンツエルンのたった一つの企業なのです。それら二つの富めるグループは、政治にも行政に又司法にも強い影響力を持ち、三権分立ならぬ、三身一体の支配構造が出来上がっています。第三グループは、在比のインド人や韓国人でしょう。これらは財閥ではありませんが、現地ではムンバイやコリアーノと呼ばれ小口の日貸し金融や小規模流通やインフラ関係などにニッチ的な進出をしています。
これら極端に富む者に比較して、一般フィリピン人の経済面は如何かと言えば、後述する少ない中間層と大多数の貧困層に分かれます。フィリピン政府の毎年公表する貧困や就職率に関する統計資料は余り実体を反映してはいないと考えられます。
前述の様に、フィリピン国の産業は基本として農業・漁業でありますので、国民の大多数を占める貧困層が一番就労しているのは第一次産業部門、それも圧倒的に農業です。その次にあげられる就労率の高い職業部門は、サービス業等。その貧困層の職業の中でも第一次産業部門の所得は極めて低く、国が定めた三ケ所の経済振興重点地域(カラバルソン・セブ・ダバオ)外にある多くの島の農民の所得は、巨大土地所有者の日雇い小作人や出来高成分の小作として郡部を対象として定められた最低賃金(日給にして800円程度)にも達しておらず、且つ又それは自然条件次第と言う不安定な状況に於かれています。その過酷な環境で就労するフィリピン人の比率は労働人口全体の40%以上を占めています。漁民もほぼ農民と同様の就労環境にて、資本家(主に中国人)から資金を借りて小型の船舶を購入し、燃料代も前借して、それら借金を漁獲から差し引かれた残りで生きると言うギリギリの生活を余儀無くされています。
又サービス業も然りで、それにも都市部と郡部では、種類にも所得にも大きな格差が存在します。従って、これらに就労する労働者の所得と生活環境は都市部と郡部では、大きな隔たりが出来、フィリピン人の採用に当たっては其の出身地域や前職を勘案しておくことが大切になります。例外的に、エコゾーン周辺に居住し海外からの投資企業に就労する労働者、特に日系企業にて働く労働者は最低賃金程度(円安の現在、月収にして三万円弱程度)であるとは言え定期所得が得られ郡部に比較してより増しな生活レベルであって、且つ海外で就労すべき一定の技術習得レベルと仕事への感性が育っていると考えられます。日本にて採用すべき主たる対象をこうした地域の出身者としても良いと思われます。しかしながら、これらのエコゾーンにおける雇用も2種類あり、その一つである正規雇用は別として、一般に「コントラクト」と呼ばれる6ケ月未満の不定期雇用されている期間労働者の方が圧倒的に多い事は、日本にて就労をさせる人材を雇用する場合に大きな選択肢を与えているのです。

第二.文化精神構造

前述の様に、嘗てのフィリピンはスペイン等宗主国による400年に渡る長い被統治の歴史を持つ植民地であり、現在でもアメリカによる政治・経済・文化・軍事面の強い影響下にて、半植民地状態が続いている国です。それは、第二次世界大戦後に政治的独立を果たしたけれども、その独立が自身によって獲得されたものでないが故に、今でも色濃く実質的宗主国であるアメリカの影響を受けている訳です。大統領制と言う政治機構はまさしくアメリカの模倣型であるのですが、地方の政治機構はそれに別して、植民地やそれ以前の歴史伝統を混在させた独特のものがあります。例えば、行政の最も小さな単位であるバランガイ(日本流では区)が州や市政府の下にあるのですが、その呼称もマレーシア語のバラガイ(船)を語源としており、海洋民族たる古代のマレー民族が漂着した処に形成された小さな都市国家を起源としています。そのバランガイでは今でも、一族への帰属意識と共同体意識が生き生きと根付いていて、バランガイ一つが全て親戚である様なことも珍しくはありません。時代の進行と共に不可避的に貨幣経済や近代的自己実現を求めざるを得なくなったバランガイの住民達は、その一族意識を残しつつも、それら変化に順応するを余儀なくされて行きました。その順応の一つには、社会的上位者と自身の関係付けのための、混血と言う手法が用いられる事もありました。結果として、純粋なマレーシアンは既に存在せず、スペインや中国の血、時にはアメリカや日本やネイディブの血の混ざったバランガイの住民でありつつも、前述の血族中心の伝統の中で生きているのです。これは東南アジア全域に見られる母系社会の影響が強く及んでいると見て良いでしょう。
繰り返しになりますが、フィリピン人の生活は時代と共に、自給自足経済から貨幣を仲介とした経済とそれによって齎される文化的生活に急速に変化をして行った訳ですが、それは多くの場合、下層に属する人々に於いては権力を獲得した層による中央の統治構造下への順応・同化行動として現れました。例えば、一族中で出来の良い子弟に対して貧しい一族が総力を上げて学歴を付けて地方政治への参入を志向させたり、あわよくば中央政治に打って出たりしたりし、又行政に就労するために高学歴を得させたりする行動に繋がります。それらの子弟が成功すれば、一族は一族にとって良い仕事が得られ自己を実現する機会も多く得られるという訳です。それらを慣習的且つ固定的に仕立てるために、一族のリユニオンと言う確認作業が現在でも頻繁に行われていますが、それは副作用的には政治・行政の腐敗体質を固着させることになりました。
さて、それら地方に於いて地方豪族化した一族やそれに連なる人々は、次第に該当地域に於いて中間層化してゆきますが、それは自己啓発によって個人資格にて成功する弁護士等の資格職業や日系企業にて努力し昇格して到達した中間層等とは、また違った意味があります。それは私達から見れば陳腐な意識構造であっても、フィリピンの地元にあっては自分は他の貧民とは違うという差別意識を生みやすいというものです。言わば、重層的な差別意識構造と既得権固執意識をその根底に持っているのが、これら地方の成功者やそれに連なる人々と言うことが出来るのでしょう。
その地方成功者も全体から見れば一部でありますので、大多数の非成功者やその一族は、いわゆるジョブシーカーとして、不正規労働が当たり前の又それでも就労機会の少ないフィリピン社会で職探しに右往左往しているのです。
大変便宜的な言い方ですが、それらジョブシーカー達は二種類の反応を生むグループに分かれます。そんな社会でも必死になって自己実現の道を探すグループと、そんな身分固定社会に反抗的になってしまうグループです。
一番目のグループでは、安い給料でも又不条理なボスに追従してでも職を得たり、アブロードしてでも仕事を得ようとする様な努力グループです。
二番目のグループは、ドラッグに走ったり犯罪者になったりする可能性の無い社会に拗ねたグループです。
勿論、労働者として貴社が採用をすべきは第一の意識になっているグループなのですが、大切なことは事前に彼等を選別するシステムを構築している送り出し機関か又は選別と教育センスを備えたスタッフを擁している送り出し機関から採用することであり、又面接して御自身で最終確認を行うことであると結論付けられますね。

第三.フィリピン労働者を受け入れる日本国

労働者を送り出す側としてのフィリピンのことばかり書いてきましたが、此処で少し受け入れる側としての日本国の経済問題の一部、取り分け労働力需給に関連した部分に触れてみることにします。
先日の選挙にて安倍首相が再選されましたが、それ以前より所謂アベノミクス効果と言うものによる、急速な労働力の不足が喧伝されるようになりました。確かに、全ての産業部門にて労働力の不足が叫ばれていて、中には働く人が確保できずに廃業の止む無きに至ってしまった建設や飲食等や介護関係の企業も見られるように、その不足状態は深刻です。其の労働者の不足感が昂じた結果、製造業は勿論のこと今ではサービス業までも対象に巻き込んでいて、現政権は家庭内に眠っている女子労働力までも狩り出そうとしています。
しかしながら、人が居ないものは何処を探しても居ないのであって、首相が大見得を切って誘致した東京オリンピックに向けた工事関係でも人材の不足を主原因として半年の遅れにて漸くにして関係する解体工事が始まっている始末です。「経済は復興しつつあるのが人手不足の原因」との現政権の言い分ですが、私は決してそうは思わない。人材不足の主原因は、正しく団塊世代の大量の引退なのです。800万人にも及ぶ引退した団塊の世代の半分程度しか若年労働者は供給されませんし、然もその若年労働者達の労働価値観は著しく変化してしまっていて、所謂3K労働には見向きもしないのです。「嫌、経済は復興して居るからこそ人手も不足している。復興の証拠に株価も上昇したでは無いか」と言う考えに固執する方もあるのですが、ではGDPは如何ですか?円安になりましたが、輸出は伸びているのですか?実質賃金は上がりましたか? トリクルダウン論が破綻しているからこその株高では?等と御尋ねしたく思います。
平成も四半世紀を過ぎた現在は、世界的な設備過剰であり生産力過剰なのです。其の上、通貨安を求めたジャブジャブな、先進国のみならぬ世界的な資金過剰状態。加えて、我が国の巨大製造業で、国内生産率を半分キープしている企業はほぼ皆無なのです。国民にとっては円安の効果など、副作用ばかりで期待値の半分以下の効果しかもたないのは自明の理ではありませんか。其の上、白猫黒猫論やそれに続く前述の利益下方再配分論(トリクルダウン論)は既に破綻しているというのが、世界的経済学者の常識になりつつあるではありませんか。
話がそれてしまいましたが私の言いたいことは、労働力需要アンバランスの回復に向けた供給圧力は団塊の世代の大量引退による不足状態が均衡を取り戻すまでは、経済状況如何に大きくは左右されずに継続するということなのです。
其の上に団塊世代の引退は、別の新たな人材需要も引き起こしました。即ち、前述の家庭内労働力の狩り出しにはそれら狩り出される主婦に代わる家事労働力を補填する必要が生じ、又800万人の引退族の面倒を見る為には関係省の思惑を超えて、介護労働者を大量に生みださざるを得ない状況に至ってしまったという事なのです。2025年には、この介護要員だけでも100万人不足するといわれる矢先、如何に従来からある経済実体全体で労働者が不足しているか、そしてそれは今後年々加速して行くであろう事くらいは解かろうというものです。では、何処から調達するのか、と言えば国内にはもう居ないというのが結論です。子供が少なく急激に老齢化した我が国で、何十年にも渡って何の対策も採って来なかった付けを、今我々は支払っているのですが、その唯一の解説策である外国人労働力の導入も、受け入れる側が未だに時代錯誤や薮睨みでは仕方ありませんね。

此処で一つ、他のフィリピン労働者の受け入れ国の状態に触れたく思います。例えば、実質的宗主国であるアメリカには凡そ280万人のフィリピン人があらゆる産業カテゴリーで働いていますし、最近ではオーストラリアなどにも大量移民して多彩な職に付いているわけですが、カナダ等の他の先進国も大体似た状況にあります。(因みに、看護師だけでもアメリカでの就労総数は30万人程です)。それに比較して現在の日本国で働くフィリピン人は、実習生としては7000名程度(量的確保の手段はこの制度しかないのです)しかおらず、他の先進国と比較した場合は、それこそ比較にならない程度しか居ない訳です。フィリピンでは「英語」と言う国際語を公用語としている点が、英語圏の先進国で働くには受け入れ側としては大きなメリットではあるのですが、働く側としてもそれは大きなメリットになっています。加えて、同一労働=同一賃金と言う雇用習慣や関係法にて働くメリットも存在していますし、社会的な外国人労働者受け入れの土壌が育っているのです。
従って、高度な能力を持った人材ほど、外国人受け入れ後進国であり且つ受け入れのハードルばかりが高い日本よりも他の先進国を選択する傾向にあって、なかなか対策の遅れが露呈し、しかも未だに夜郎自大な我が国には魅力を感じてもらえません。
こうした日本国ですが、幸いなことに前述の通りにフィリピンの労働人口の急速な増加と言う点は、幾ら後発参入且つ後進的な我が国でもある程度の労働力を確保することを可能にしているのです。
肝心な点は、日本からの視点だけでなく世界的な労働力需給状態を勘案して、来日させるフィリピン労働者に最大限企業に貢献してもらうと言う観点の必要性を御理解して頂きたく思うのです。それが出来れば、時至った折にはフィリピン投資と彼らの再雇用と再活用も視野に入って来るのです。

第四.日比交流の実情と問題点

さて、再び話題をフィリピンに戻します。
御案内の様に最近、中国と我が国の様々な軋轢が生ずる中で日本企業の脱中国の流れは既に留めようもありません。顕在化したチャイナリスクは、従来からの政治的リスクのみならず、中国経済破綻の可能性の急激な進行と言うリスクへの直面でもあるからです。ある種類のサービス業では、未だに中国進出で大きな事業展開を成功させてはいますが、大多数の製造業に於いては、チャイナリスクの分散に必死です。しかしながら、新たに設けられた民事訴訟法によって、撤退も中々思うに任せない状態にはあるのですが、こんな状況では近い将来に中国経済が崩壊などと言う事態に至った場合には、我が国経済のこうむるダメージを想像すると空恐ろしいものがあります。
ともあれ、脱中国の流れの中で改めて見直されているのがフィリピン国とベトナム国です。その最たる理由は、これらの国は我が国と同様に中国による領土侵略問題を抱えていると言うこと。又この両国の間には日本国の生命線とも言われるシーレーンが走っているからなのです。因みに、安倍首相がフィリピンのアキノ大統領に約束した支援の一つに、10隻の巡視艇が含まれていましたが、その意味する処は御案内の通りです。
脱中国と言う流れの中で、前述しました日本商工会議所フィリピンに所属する日系企業の数は約1260社と増加しました。これは過去5年の間で50%アップと言うスピードであり、その速度は今年になっても衰えることがありません。それにフィリピンに進出した企業では、巨大な生産工場の設立が大変目立ちます。その結果として、現在ではフィリピン経済への日系企業の役割と影響は大きなものとなっているのですが、此処での問題は、それら日本からの投資はほとんどが、経済特区内での活躍に限定されている事。フリーランスで、特区外で活躍する日本企業や日本人は極めて少ない、と言うよりもほとんど居ないというものです。私が3ケ月ほど前に話し合いをしたセブ市の日本大使館領事部長の嘆きが印象深く耳に残っています。「セブに長期滞在している日本人は、特区で働く人を入れて、2800名しかいない。しかし同様の韓国人の数は、80000人に登り、インフラ関係やサービス業に盛んに進出している。日本人は情けないですよ」
この領事部長の話は、正に現代日本人の内向きで外国音痴で夜郎自大な、その上臆病な現代人気質を象徴している内容です。特区内で定められたルールに従っていれば、大過無く雇用も出来、且つ他の問題に直面することも無く守られるという訳です。しかしながら逆に、自身で対象社会に親しみ浸透して、自身でリスクを抱えても独自事業展開できる日本人はほとんど居ないと言う事は、大樹(日本国や大企業)の下でしか成功の道を歩むことが出来ず、大成はしない下請他人依存発想から抜け得ないということを意味します。これは日本国にて外国人を雇用する場合に於いても然り。同様のメンタリティーでは、唯単に安値の労働力を短視眼で雇用するに留まり、外国労働者を上手く使いこなして自社発展の礎石にするということが難しいという事に繋がります。外国人の雇用が、目前の労働力の不足感やそれから起きる諸問題への回避手段としてしか捉えられない企業に、長期的発展の道筋などある筈はありません。そう考えますと、極めて外国人雇用に関して悲観的と受け取られますが、全く違います。あえて言えば逆なのです。
大多数がそうであるからこそ、そうで無い理解力と戦略があれば企業は他が遅滞する状況下、大成しやすいのです。更には、親方日の丸的発想から抜けられない大多数であるからこそ、日の丸にはなれないものの、親方となれば、大多数を自社戦略の元で貢献させ得るのです。こうした認識にて外国人労働力導入事業を進める場合、如何なる国民性の外国人が、最も適切なのかと言うことが重要になります。
中国人? これは論外ですから言うことはありません。
ベトナム人? ミニ中国と指摘されているベトナムでは日本国の利権集団の草刈り場化していますけど、それでも後発で参入した場合に成功に至る道筋を見つけられますか?
其の上、利権化の結果として失踪率が最も高いという事態を御存知ですか?
タイ人? 日本国に来日してまで稼ぐ必要は無くなりつつある国ですけど、来日数を一度チェックして見ては如何ですか。日本に出稼ぎに来ることには魅力を感じなくなった国民です。
インドネシア人? 出るべき日本企業は既に進出した国で、寡占化した送り出しと受け入れ組織が既に市場形成しているのですけど。根本的にはモスリムの慣習を捨ててまで日本国の現実にアジャストすることは難しいように思いますが。
ミャンマー人? 米作ならば、納得ですが。最近欲と得との道連れでミャンマーから工場労働者や介護士を中心とした労働者の導入を図っているアホ日本人が増えては来ました。ミャンマーに第二次産業部門はあったのでしたっけ? 必要最低限の産業経験もないのでは?もっと言えば、介護なんて部門は嘗ても今も、ありますの?仏教国であるかせ介護士等には最適であるなどと馬鹿な理屈を捏ねて、人を惑わしている団体もあるですが、同じ仏教国である某国の歴史に残る大量虐殺を如何に説明するのでしょうね。
後の国は検討する必要は無い程度でしょう。従っての結論。
矢張りフィリピンが一番ですね。
この結論の上に、もう一つ受け入れ団体として覚えねばならない大切なことは、所詮「八百屋は、大型専門店には勝てない」と言うことです。あれもこれも(様々な国籍の労働者)扱っているなどの主張が雇用市場にアピールするなぞの誤解は組織の認識不足の証明であり自殺行為に繋がりますよ。
もう一つ付け加えておきます。
巷では、何々通。と自称する日本人が多いのですが、その99%はブローカーで、本事業カテゴリーに於いて何の裏づけも持ちません。それはフィリピン於いても然りです。特定の送り出し機関の日本代理とか、フィリピン政府に顔がきくとか、ベテランを自称したりして、エルミタ地区などで素人を売春接待すれば万事OKと考えるフィリピン通に嵌ったら大変ですよ。斯く言う、私共でさえ、裏づけを採って頂く必要があり、他に対しては更なる慎重さが求められます。その上で始めて深い御付き合いを願いたいものです。

第五.実習制度改革、外国人労働力導入に関する見通し

巷では外国人労働力導入元年として、関係する多くの団体や企業は、2017年春に発表される改革内容を何処かから漏れてくる情報や収益への思惑に基づいて随分と忙しくしています。その忙しい内容とは、第一に介護士雇用のハードルが受益者喫緊の実情に合わせて変更されるというものへの対応、その第二には、家庭内労働力の借り出しを補填する家事労働の導入開始を見越した上での対応です。
加えて、実習制度の応用ではカバーし切れない質の高い業務を補完させる意味にて高度人材部門への参入をしては如何と言う意味での制度への関心もあるのです。
第一と第二の部門に関しましては、フィリピンは女系社会である点が其の適正度に影響しているということ以外は既に既述したものがありますので、外国人技能実習機構と言う新組織が第三段階への移行認可を所轄するものとして新設される点以外は此処では触れませんが、この高度人材に関しまして少し説明したいと思います。
高度人材は、定められたポイント制に基づいて我が国が必要とする高度な技術・技能・発明実績等を有する人材に関して導入を図り、我が国のそれら該当する部門の人々との切磋琢磨によって更なる成長の礎石にしようとするものです。しかしながら其処には、もう一つの隠れた目的があります。
急速な老齢化社会の後に来る、更に急速な人口減に対する一つの方法として、これら高度人材には一定の条件の下で永住権を付与すると言う、正に人口対策的な意味が持たせられています。「どうせ人口減によって外国人の移住を視野に入れねばならないものならば、高度な人材に限定したい」と言うものです。従って、実習制度と相似しているものの、そのコンセプトは全く非なるものなのです。勿論、受け入れ団体となり得る組織体の性格は規制されていて、協同組合等が受け入れ団体になれるということは無く、あえて言えば人材派遣企業が受け入れ団体化しています。もし可能であれば、同じグループ内にて実習制度も高度人材も扱いが可能であれば、その組み合わせによって自在に需要対応が出来ると言うことですから、そうありたいものですね。
送り出す側としてのフィリピン国と、例えば介護士の導入によって直接に受益する老齢日本人達の間の人材流通だけが2017年春までの政府発表にて変わる訳ですから、出元と受益者は如何なる道筋が示され様とも余り関係は無いのです。即ち、日本側では如何なる発表の内容であろうが、人材流通の経路が代わるだけで、事前に双方が提携していれば対応は可能との考え方から提携先探しや関係する情報の入手やその他対応策の構築を急いでいる訳です。しかし此処で最も留意せねばならない点は、日本流の「お膳立て当然発想」に基づく考えや言動は禁物であるという事。それは全てを破壊してしまう危険性があるのです。「こうあって然るべき」論や、「当たり前の業務の質と進行速度」論などに根ざした手前勝手で過度の期待は、日本国内だけで通用するもの。外国に行ってまで、この幼児的理屈を捏ね回せば、全うな組織体との提携や相互発展、将来的な事前の日本型労働教育などは出来る筈も無く、結果安値労働力の単純売買に終始してしまうでしょう。それは又結果として、質を担保せず国内競争には勝ち残らないことに繋がりますので、心して相手国事情への理解から始まる適正提携に関する自社戦略の構築やフィリピン国に関する勉強より始めて頂きたいものです。
次に、この様に漸くにして我が国も他の先進国並みの外国人労働力導入に踏み出すわけですが、予測から言えばそれは不徹底と不十分になります。其の上、関係官庁では今までの自身の不認識や自身で定めた不適正ルールを棚に上げて、増殖した不適正受け入れ団体の規制(?)に乗り出そうとしています。現状では、2800団体ある実習生受け入れ機関を600団体に減らすと公言して憚りません。またその厳しい方針は、他のシステムにも早晩波及してゆくものと判断されますので、此処は決して自社は違反違法行為などを起こさないか、受け入れ団体であれば起こさない企業に限定して会員となし、受け入れを許可すべきと考えます。万一に入管などに企業が摘発を受けた場合には、実習制度ならば向こう5年は受け入れ団体も含めて機能停止を余儀なくされてしまいます。繰り返しになりますが、受け入れ団体としての関係法を理解して全うな機能を具備した、全うな会員と外国人労働者の管理が出来る組織体で無くてはならないという事ですね。
即ち客観的情勢は、良く言えば伸ばす組織と潰す組織を峻別して、受け入れ機能を集約して行くということなのです。そこが解らない組織体や対応能力が欠如した組織体は経営の危機をも招来することになるのです。

第六.フィリピン人を雇用した場合の留意点

実習生にしろ高度人材にしろ、はたまた別の在留資格を持った日系などのフィリピン人にしろ、彼等を雇用した場合に留意すべき点があります。
フィリピン人の歴史から来る精神作用に関しまして、前の項にて若干触れましたが此処では雇用した場合に留意すべきことに掛けて、彼等の精神的な動きやそれを理解した上での活用方法に関して触れたいと思います。
まず、フィリピンがエドサ革命を経て独裁国家を脱し一応の民主国家になってから、たった四半世紀しか経っていません。それまでは、人々の権利などは無いも同然の他の独裁支配旧植民地国の発展過程と同じ様な道を歩んで来ました。違っているのは、独裁政権時代も現在でも、政権権力者の背後にはアメリカと言う宗主国がある点です。如何なる権力者でも、又選ばれた政権でもアメリカの意向に反して、永らえることは出来ない国であるということ。それはアメリカと言う巨大な経済力や軍事力に見放されれば、フィリピンは忽ち崩壊してしまう構造が今に続いている事に原因します。貿易高に示される経済面や政治世界では第二次世界大戦後の我が国と同じ様に、あからさまな対米追従国です。その是非は別にして、そうであるからこそ我が国とフィリピンには多くの文化面や政治軍事面などに共通項があるのです。
一般フィリピン人は前述した通りの身分固定社会の中で、前記の様に少ない脱却の機会を求めて右往左往しています。其れが、多少の社会的地位を得たり権利を行使できる立場になったときには、忽ち選民意識を剥き出しにして、その乱用を始めます。官庁に勤める人々の業務態度や汚職は、まさにそうした精神構造の典型的な現れなのです。即ち、権利や権力の適切な行使に関しては、まだ彼等は未開人なのです。
一般労働者としてのフィリピン人は如何にも他国労働者に比較して雇用しやすいものの、管理面ではとても使えないという判断はこうした処に起因します。従って、フィリピン人から管理者を生みだそうとした場合は、日本人を教育する場合に比較して何倍も労力を投下せねばなりません。こうした気質を持つフィリピン人に対して自社の教育思想無しに前記しました「べき」論で掛かるのは禁物なのです。あくまで、スキル労働者として働いてもらい、その中で必要に応じて長時間教育の必要性を理解した上で働き掛け教育することでしか、管理者を選び出し育てることは極めて難しいのです。さはさりながら、スキルワーカーとして彼等に自己実現の道を与え、成功に導くことが出来た場合は、彼等から生涯に渡る人生上のボスとして命掛けでも忠誠を尽くしてくれるスタツフが生まれます。それは「ウータン・ナ・ローブ」と言う日本流で言えば「義理と恩」と言う言葉がフィリピンの社会規範として未だに生きているからです。
其の上に、家族中心社会ですから、それらへの理解を示した上での話し方や接し方を学べば、フィリビン人程貴社にとって素晴らしい人材は居ないことが御解り頂けるものと思います。言い換えれば、「形の無い粘土を得て、如何なる形に仕立てて行くか」と言う雇用側の感性を含めた人間力に尽きると言うことが出来るでしょう。
己の人間としての完成度が低い事を棚に上げた、被雇用者への要求ばかりの雇用者の態度では、フィリピン人のみならず日本人でさえ、真の意味での企業貢献はさせられる筈もないことは自明の理なのです。

第七.混沌社会と優勝劣敗。

最近一部の経済学者や社会学者から、「資本主義の終焉」と言う指摘が生まれるようになりました。それは冷戦時代に蓋をされていた様々な制度の矛盾や疲労やそれによって起こされる社会問題が、其れまでの支配構造や権力構造の衰退に伴って一気に噴出して来たからでしょう。少し前に流行ったサミュエル・P・ハンチントンの「文明の衝突」などはそれら指摘の嚆矢であったかも知れません。しかしながら、どの終焉を指摘する論文も危機的な事象を挙げてはいても、「では次には何か来るのか」と言う疑問には答え得ていません。人知は、まだ資本主義以上の制度を生み出し得ては居ないのです。この人知の限界は、既存の箍が緩むだけと言う予想を生み、結果、長期的に混沌とした社会が現出すると言う予見をもたらします。
その上私達日本人は、江戸の昔から御上を批判しつつ、御上に責任転嫁し且つ依存するに安住して来ました。それは、現代日本人をして変化を嫌う精神構造や内向志向を醸成させてきたのです。又それは変化を齎す外からの刺激への嫌悪感や、もっともらしい自己弁解の逃げ口上や、閉鎖社会の夜郎自大と言う忌むべきをも、日本人の精神構造に齎しました。
民度以上にはならない政治レベルとの相乗作用を醸しながら、我が国と国際社会は混沌に向かってゆくのですが、残念ながらその様な時代への対応能力は一部の人々を除いて大半の現代日本人には備わっていないのです。
現行の制度を利用した外国人の雇用に於いても全く然り。前述の様に、大半の実習生受け入れ団体である協同組合は、外国人労働力導入を短期的且つ無思想に組合利益と言う観点のみで進め、「海外投資へのコンサル」などを詐欺的に標榜して組合員を募り、実習生の管理費と称する実際の管理も伴わない組合機能を以って利益を上げ、それを私物化しているのです。それは当然のことながら、組合に加盟する組合員の将来的な企業と事業の国際化と言う課題には縁遠いものになってしまいます。組合員の持つ潜在的な需要を先取りし、真に組合員とその事業に貢献した上での適正な配分に与るならばまだしも、設立の初手から得手勝手な利益の個人集約と言う観点のみにて経営される組合等の受け入れ団体には、摘発を受けるリスク以前に、中長期な視点で発展を志向する企業は運営の質の面から所属すべきではないと考えます。
所属する団体に何を希望するのか、其の点を明確にして所属すべきを定めることは企業にとっては実は生命線なのです。勿論、単に安い労働力を供給してくれるだけの組合で良いとする旧態企業もありますので、上記は私だけの「べき」論ではありますが。
とまれ、実習制度にしても高度人材導入にしても、長期的で且つ又広い視野で其の上状況を俯瞰出来る組織や企業と、そうで無い組織や企業とはこれから急速に格差が付いて参ります。それは収益格差や機会格差や将来性を生む根底に存在する、自社や経営陣の能力や人間力の格差に基づくからなのです。それら格差のどちら側に自社を位置させるのかは、偏に経営者が前記条件と共に優れた価値観と状況分析力と対応力を備えているか否かに掛かります。
繰り返しになりますが、現代日本人の持つ一つの精神的歪みである内向き夜郎自大で掛かれば、フィリピンと言う途上国の国際的な人材派遣人数の実情も見えず「俺は客だろ」と言い放ち、そして数十人や数百人程度しか雇用できない情けない能力の実情をたちまちにして自ら暴露してしまうのですよ。
巨大製造業の海外進出の実情も解らず、短視眼の国内限定の労働力雇用を違法すれすれで進めれば、雇用される外国人の反発のみを招き、彼等は時至った折にも決してその企業の味方にも我が国の味方にも成り得ないのです。
中学校から習った筈の英語でさえ改めて自習することなく、須らく「日本語を喋れ」と言い放って恥じない輩に、企業や事業の国際化などの戦略はまったく無縁のものなのです。
逆説的に言えば、それらが出来る企業やその企業の潜在的要求に答える組織には、混沌としてゆく社会でも素晴らしい未来はあるということでしょう。
正に優勝劣敗の時代の生き残りの方策は、優れた感性=人間力と真摯な柔軟性と時代感知能力とそれを基礎とした対応能力と言うことが出来ると思います。

第八.フィリピン労働者雇用の次に来るもの

対フィリピン進出企業の現状は既述いたしました通りですが、これら進出企業に代表される日本側が自ら作りだしている限界も既に御理解の通りです。しかしながら、フィリピンに限っては居ないものの、対象である途上国を真の状況を知れば知る程に、ビジネスの課題がゴロゴロしているのが御解り頂けるものと思います。受け入れ団体に帰属する組合員には、正に様々な業種の企業がある訳ですが、受け入れ団体として彼等組合員に獲得した知見にて進出支援するも良し又自身にて対象国を勉強した成果として自ら新規事業の設立を図るも良しと思います。
フィリピンに限定して、少し例を採りましょう。
其の一。
既に御案内のように、フィリピンの公用語は国際語たる英語です。この英語能力を活用してビジネスに繋げようとした試みは数年以前から大変盛んになりました。(中略)。
セブ地域は某国が最も進出している処なのですが、現在では入国管理局がチャーター便で来比する某国の学生達に便宜を図るために、機内にて入国手続を実施する処まで来ているのです。これでは日本人は全く勝負になりませんね。補足しますが、この英語能力を活用した別種の事業としてのコールセンターは昨年インドを抜いてフィリピンが世界一になりました。投資の主体は勿論外国資本です。
其の二。
IT系の学校はフィリピンには大変多いのですが、それらの学生の夢は外国にて就労する事が大半です。何故ならば、この情報産業予備軍を活用する事業感性や需要はフィリピン実業界には余り育っていない。(中略・後略)。
其の三。
沢山ありますが、これ以上は私共の企業秘密です。

付録

嘗て、フィリピンは第二次世界大戦の折には大日本帝国軍隊の侵攻を受けた国です。当時のフィリピンはアメリカの植民地でありましたので、駐留する米軍の元に組織された植民地軍としての軍事力を持っていました。
その当時のフィリピンは、戦後の日本社会に君臨するダグラス・マッカーサー総督の下で統治されていたのですが、父親であるアーサー・マッカーサーの時代から、この一族はフィリピン国内に巨大な利権構造を構築し、その力は絶対権力者として政治・行政・司法の全てに及び絶大なる影響力を誇っていました。ダグラス・マッカーサーはアメリカ陸軍士官学校卒業生の中で一番若くして将軍となり、そしてフィリピン総督となったのですが、戦争当初の日本軍の侵攻と共に、マニラを無防備都市として放棄しバターン半島に立て篭ってアメリカからの援軍を待ちました。しかしアジア全域を侵攻の対象とした戦争初頭の日本軍の勢いの前に、アメリカ本国では援軍を送る処ではなくなり、バターン半島からコレヒドール島に撤退したマッカーサーに対して、統合参謀本部はオーストラリアに脱出することを命令します。結局マッカーサーは「アイ・シャル・リターン」の迷言を残して、オーストラリアに逃げることになる訳ですが、この間でマッカーサーに残されて日本軍に降伏した在比米軍とフィリピン植民地軍は8万人に登り、約120キロのバターン半島の炎天下を徒歩で、ラルラック州のオドンネルに設営された収容所に向わされました。その道すがら、アメーバ赤痢やマラリアなどで死亡したアメリカ人とフィリピン人は2万人とも3万人とも言われ、「リメンバー・パールハーバー」と共に対日キャンペーンの格好の材料になりました。今でもフィリピンではバターン死の行進記念日として、四月九日が休日となっています。
フィリピン完全占領の宣言の後、フィリピン国内には日本軍による軍政が敷かれ、次第に拡大して行く太平洋諸島やニユーギニアなどの前線に物資を運ぶ中継基地とされたのですが同時に全国各地では、嘗てのアメリカによる全ての施政が排除され、英語に代わって日本語教育が行われるようになりました。しかしそれは、唯我独尊の皇民化教育の押し付けであり且つ又現代に通ずる夜郎自大な発想に基づいたものでありましたので、結局はスペイン時代から始まる長期の欧米教育にとって代わって受け入れられることは無く、フィリピン人から大きな反感をかったのみでした。経済面では、戦争が晩期に近づくに従って戦争物資の日本からの輸送がアメリカ海軍のシーレーンの遮断によって困難になってゆく状況下、暴力による現地調達が盛んに行われるようになり交換手段として強制した軍票と言う不換紙幣の大量発行は、フィリピン経済を壊滅的に破壊して行きました。同時に、政策植物の栽培なども強要されるようになり基本的に自給自足であった農業をも破壊して大量の餓死者を出す事態ともなってしまったのです。其の上、1945年の2月になって米軍の反攻を受ける前後では、乏しい食料の略奪や労務者の狩り出し、そしてゲリラと目された住民の虐殺(ルンバンやインファンタなど多地域にて発生)が行われるようになり、フィリピン人の反日感情はますます昂じて行き、住民をして更にゲリラに追いやってしまうと言う悪循環が進みました。この当時に登録されたゲリラの数だけでも、27万人を数えたと言うように、日本軍占領に抵抗する民衆の力は、激増して行きました。バタンガス州からラグナ州に掛けて戦域担当していた第八師団の十七連隊などは、連隊長命令にてゲリラと目される住民虐殺を頻繁に行って、フィリピン住民から大変憎まれました。
又首都マニラでも日本軍は指示系統の襤褸状態から、統一な抵抗と統制を欠いて、嘗てのスペイン政庁イントラムロス内部でもゲリラへの恐怖と憎悪から、大量の虐殺が行われる
と言う事態になりました。更に日本軍は北部山岳地帯を最後の抵抗線として立て篭ることになるのですが、武器も食料も医薬品もなくなり、いよいよフィリピン人からの略奪を激しくして行ったのです。その略奪や虐殺数に反比例するが如く、反日ゲリラの勢いは増して、兵站線の背後から日本軍を襲うなど日本軍は次第に餓死と言う陥穽に追い込まれて行きました。天皇陛下による戦争の終結宣言の後には、これら略奪や虐殺を行った日本兵士達は裁かれて、モンテンルパの刑場にて死刑になった者も多く出ましたが、それらの中で戦後大統領に就任したキリノ氏によって、恩赦され帰国することが出来た旧軍人も又多かったことは特筆されるべきでしょう。
しかし、それらの歴史的な事件を背景にして戦後の一般フィリピン社会では、反日感情は凄まじく、戦後の遺骨収集でさえままならない時期が続きました。当時の厚生省の役人でさえ、遺骨収集のために現地入りした時、虐殺を受けた地域では復讐目的で殺される危険性もあったそうです。
こんな反日感情のフィリピン国が、現在では大変友好的な国になったのには、一体如何なる理由があったのでしょうか。
ODA?、全く違います。つい近年までは、ODAにて建設された道路や橋、地方空港等、全くと言ってよい程に、ODAによるものとは銘記されていませんでしたし、広報されることもありませんでした。それはフィリピンの政治が日本からドネイションされた事を国民に隠蔽し、且つ某人があたかも自分がドネイトしたかの様に、装いたかったのが理由です。因みに、これらの建築物に最近埋め込まれた「日本からの支援によって造られた」と言うプレートは、私の多方面への働きかけによって実現したことは、ささやかに私の自負する処です。
フィリピンの国民が被った過去の悲惨な経緯をさて置いても、現在の様に友好的な人々になった最大の理由は、人間の交流があったからと私は受け止めています。それが例え、プロモーターと称する悪徳日本人に搾取される仕事であったとしてもです。最大に興行と言う資格にてフィリピン女性を受け入れた時の数は一年で87,500名に登り、当時の極貧状態のフィリピンでは大なり小なり彼女や彼女の家族の生活の支えになったからです。そうかと言って搾取した側が免罪されるわけではないのですが、矢張り人間が交流出来ない処には何物も生まれないと私は思うのです。
その交流が、真に相互理解と共に相互の感謝に基づくものならば、その効果はなお更でしょう。
出来れば全ての受け入れ企業や組織が、それを実践してもらいたいものとつくづく思うのです。
勿論それはフィリピン人の為のみならず、日本人自身と日本国の未来のためにも。

長々しい文章を最後まで読んで頂きまして有難う御座いました。
この拙い報告が貴殿の今後の参考になれば幸いです。
2013年8月 寄稿より


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